四柱推命はなぜ面白いのですか — 答えをくれないのに?
四柱推命の面白さは、正解を受け取ることにはありません。未来が決まっていて、それを確認するだけの作業なら、一度聞けば終わっていたはずです。また覗きたくなるのは、自分では選ばなかった角度が一つ、不意に投げ込まれる偶然の出会いのほうなのです。
答えが決まっているなら、かえってつまらなくないですか?
八文字を立てる計算は万年暦基準なので、同じ生年月日ならいつでも同じです(今日の運勢の計算もくじ引きではありません)。面白さはその先にあります。命理という古い言語が、自分とは無関係に組んでおいた枠組みを先に投げてくる — それに頷くか、言い返すかは誰にもわからないのです。同じ命式を受け取っても人それぞれ違う生き方をするように、その文字が自分の中の何を開くかは開かれたままです。
その偶然はどう使えばよいですか?
点数のように受け取らず、鏡のように使ってみてください。思いがけない角度から自分を映してみて、胸に響いた箇所だけを手がかりに持ち帰ればよいのです。この姿勢は四柱は当てるものではなく、そばにあるものでより深く扱っています。四柱の読み解きは決められた運命ではなく、自分を振り返る参考です — 面白さの根っこも、まさにその開かれたままのところにあります。
万年暦の決定論的な計算と検証済みの命理の通念のみを扱います。決められた運命ではなく、自己省察のための参考です。